「兵庫経協」2024夏号

皆さんこんにちは!早速ですが、「再生医療」という 言葉をお聞きになったことはありますか? 「再生医療」とは、「機能障害や機能不全に陥った生 体組織・臓器に対して、その機能の再生をはかるもの」 とされます。ノーベル賞を受賞したiPS細胞の発見を 契機として、新聞やテレビなどでも盛んに取り上げら れるようになり、「再生医療」という言葉が一般にも広 く認知されるようになった感覚があります。歯科にお いては、歯周病で失った骨を再生する治療が、医科に 先駆けて臨床で行われてきた経緯があり、今回はその お話をさせていただきます。 旧来の歯科治療は、むし歯の治療を思い浮かべても らうと分かりやすいのですが、病変部を削り取り、そ の部分を生体親和性材料で置換する、つまり「削って 詰める」治療が長い間行われてきました。一方、歯周 病という病気は、このような「削って詰める」治療法 では対処することができず、細菌学、免疫学、分子生 物学、遺伝学、ひいては全身疾患との関連など、様々 な学問から得られた知見を根拠として、歯周病の診 断・治療・予防に役立てることが行われてきました。 私たちの歯は、2種類の硬組織(歯槽骨、セメント質) と2種類の軟組織(歯肉、歯根膜)からなる「歯周組織」 によって顎の骨に維持されています。歯と歯肉の間 (歯周ポケット)に形成されたデンタルプラーク(歯 垢)が原因となって歯周組織に炎症が起こると、その 原因の除去が行われない限り、慢性的に炎症が持続 し、歯周組織の破壊が長い時間をかけて進行していき ます。これが歯周病であり、日本人の歯の喪失理由の 第1位となっています。歯周病の治療の原則は、原因で あるデンタルプラークの除去です。具体的には、セル フケア(患者さん自身が歯ブラシや歯間ブラシなどを 用いて清掃すること)を行うことに加え、歯科医院で プロフェッショナルケア(歯周ポケット内の歯石や炎 症肉芽組織を機械的に除去すること)を両立すること で、歯周組織の炎症を軽減・消退させることが可能で す。ところが、原因除去により歯周病の進行を抑制す ることはできても、一度失った歯周組織を取り戻すま でには至りません。そこで、失った歯周組織を取り戻 す「再生」を目的とした治療法(歯周組織再生療法)が 開発され、現在、日常臨床においても一定の成果を挙 げています。 医科においては、1993年に米国のLangerとVacanti が「Tissue engineering」という概念を提唱しました。 これは、組織を再生する「幹細胞」、再生すべき組織の 形態を規定する「足場」、そして幹細胞の増殖・遊走・ 分化を促す「シグナル分子」の3つの要素を至適に組み 合わせることで、期待される組織の再生が人為的に達 成できるというものです。 一方、歯周組織再生療法は、1970年代初期に始まっ た骨移植法に端を発しています。その後、1980年代に GTR(Guided Tissue Regeneration)法、1990年代に エナメル・マトリックス・デリバティブ(EMD)など の材料・テクニックが導入され、今世紀に入ると成長 因子製剤の導入が行われるようになりました。国内で は、塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2、リグロス®)が 2016年末から保険適用の再生医薬品として認可され、 臨床応用されています。このほか、海外ではBMP-2や PDGF-BBが歯周組織再生材料として認可されています。 このように、歯周組織再生に利用できる方法、材料の 選択肢は増えつつありますが、適応できる症例が限ら れること、また、患者さんのセルフケアが不十分な場 合や全身状態が悪い場合などは適応外となっているの が現状です。 ここまで述べた既存の歯周組織再生療法はいずれも 歯周組織、なかでも歯根膜に内在する幹細胞を利用し た治療法であるという共通点があります。しかしなが ら、幹細胞の数は加齢とともに減少し、また増殖能や 分化能も低下することが知られています。さらに、重 度の歯周病においては、歯根膜の破壊に伴って内在す る幹細胞の数も減少し、それを活性化するのみでは十 分な再生効果は期待できなくなってしまいます。そこ で、重度の歯周病にも対応可能で、かつ高い予知性を 有する新たな治療法、すなわち幹細胞移植によって歯 周組織の再生を促す治療法の開発が今後の課題となっ ています。 インプラント治療の普及により、歯を失った場合で も十分な機能回復を果たすことが可能になってきまし た。しかし、臨床の現場では多くの患者さんからの“で きるだけ自分の歯を残してほしい”という強い想いを 目の当たりにします。歯周組織再生療法の開発はまだ 途上ではありますが、その大きな可能性が明らかにな りつつあります。将来、再生医療が歯の寿命を延ばし、 歯周病で抜歯する歯がなくなるように、私たちも微力 ながら寄与していきたいと思います。 間葉系幹細胞 ES細胞 iPS細胞 など FGF-2、BMP-2、PDGF-BBなど 自家骨、他家骨、人工骨など 【歯の健康シリーズ】 T O P I C S 兵庫県歯科医師会 地域保健委員会委員 粟田 敏仁 歯科における「再生医療」って?? 18 兵庫経協2024年夏号

RkJQdWJsaXNoZXIy NDU4ODgz