「兵庫経協」2024夏号

経協レポート KEIKYO REPORT イ 退職代行サービスが民間業者によって実施 されている場合 退職代行サービスが民間業者によって実施 されている場合には、前記2⑴イのとおり、 当該業者は従業員の代理人ではありませんの で、会社は、従業員本人に直接連絡を取って 退職を翻意するよう説得することが可能で す。しかし、従業員において「辞められない」 「辞めづらい」という心理状態に置かれてい るからこそ、退職代行サービスを利用して退 職の意思表示を行っていることに鑑みれば、 会社が従業員に退職を翻意するよう説得した ところで、従業員が退職の意思表示を撤回す ることは期待できません。むしろ、上記の状 態にある従業員が会社と直接交渉を行うこと で、心身に相応の負荷が生じることが想定さ れ、これにより、前記2⑵アと同様に損害賠償 のリスクが発生することになりかねませんの で、現実的には、会社が従業員と直接交渉す ることは控えるのが望ましいと考えます。 ⑶ 業務引継ぎへの対応 ア 業務引継命令の可否 退職時に業務の引継ぎを行うことは、信義 則上の義務とされています。そのため、退職 代行サービスを利用して退職の意思表示をし た従業員であっても、会社が業務命令として 当該従業員を業務の引継ぎのために出社させ ることは可能です。上記命令に反して従業員 が引継ぎを行わない場合には、会社は、当該 従業員に対し、業務命令違反を理由とする懲 戒処分を行うことも可能です。 イ 退職金減額の可否 従業員の退職金を減額する場合には、就業 規則や退職金規程に退職金不支給又は減額事 由が定められていたとしても、退職金が賃金 の後払いとしての側面を有していることか ら、従業員の勤続による功労を減殺するほど の背信的な行為が存在することが必要とされ ています。 通常は、業務の引継ぎを行わないことが従 業員の勤続による功労を減殺するほどの悪質 な行為に該当するとは考えられませんので、 従業員が業務の引継ぎを行わずに退職した場 合であっても、業務の引継ぎを行わないこと を理由とする退職金の減額は困難であると考 えられます。 ウ 損害賠償請求の可否 従業員が業務の引継ぎを行わずに退職した 結果、会社が損害を被った場合には、会社が 従業員に損害賠償請求を行うことが考えられ ます。しかし、実際には、業務の引継ぎを行 わなかったことと損害との因果関係の立証が 困難であると考えられますし、因果関係が認 められるとしても、従業員には退職の自由 (憲法22条1項)があり、前記1⑴のとおり、期 限の定めのない雇用契約の場合には、退職の 意思表示の到達後2週間が経過すると退職の 効力が発生することとなっているため、会社 においてもかかる法制度を踏まえた体制を整 えておく必要があることなども考慮すれば、 損害額の算定にも困難が伴います。そのた め、上記損害賠償請求は、あまり現実的な方 法ではないと考えます(なお、東京地方裁判 所平成4年9月30日判タ823号208頁判決は、退 職による損害を賠償する旨が定められた合意 の効力に関する裁判例ですが、具体的な損害 額を認定する際の考慮要素について参考にな ります。)。 エ 年次有給休暇取得との関係 従業員は、退職の意思表示を行う際に、残 存する年次有給休暇について全て取得する旨 を申し出ることが考えられます。会社は、従 業員において上記休暇の取得の要件を充たし ているのであればこれを拒むことは出来ませ んが、その日数次第では、退職の効果が生じ るまでに当該従業員が全く又はほとんど出勤 しないという事態が生じます。そうすると、 従業員によって必要な業務の引継ぎが行われ ず、業務に支障を来す可能性が生じます。 これを受けて、会社は、従業員に対し、時 季変更権を行使することが可能ですが、退職 日を超えて上記権利を行使することは出来ま せんので、例えば、業務の引継ぎの機会を確 保するために、年次有給休暇を買い取る等の 方法で対応することが考えられます。上記対 応に際しては、従業員と会社との間で協議を 行うことが必要となりますが、前記1⑴のと おり、退職代行サービスが民間業者において 運営されている場合には、当該業者が上記協 議に応じることは弁護士法72条に違反するこ とになりますので、会社は、退職代行サービ ス業者ではなく、従業員本人と協議を行う必 要があります。 また、上記の事態に備えて、業務の引継ぎ が確実に行われるよう、就業規則で退職前の 現実就業義務を定めるという方法も考えら れます(石嵜信憲編著「就業規則の法律実務 (第5版)中央経済社、299頁)。 以 上 14 兵庫経協2024年夏号

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