「兵庫経協」2024新年号

然には想定されていないことから、別途労働 契約の内容として定める必要があるためです。 2 異動について また、従業員を異動させることも、労働契約に 基づき与えられる人事権の一内容として行うこと ができるとされます。労働契約書や就労規則など に「業務の都合により、出張、配置転換、転勤を 命じることがある」と記載されることが多いと思 いますが、これは、使用者に配転権限が帰属する ことを表現するものです。 もっとも、この配転権限は、労働契約を根拠と するものですから、労働契約上職種の限定が合意 されているなら、職種の変更を伴う配置転換はで きないことになります。ここでいう合意は、労働 契約書上で明確に職種を限定している場合に限ら ず、黙示の合意も含みます。しかし、職種の限定 についての黙示の合意が認められた例はほとんど ありません。 また、配転権限も使用者の裁量判断によって行 われることになりますから、配転権限の行使が濫 用にわたらないかも問題となりえます。判例は、 ①配転命令の必要性を欠く場合、配転命令の必要 性があっても、②特段の事情がある場合、具体的 には、(a)不当な動機・目的をもってなされた場 合、(b)配転命令によって当該従業員に通常甘受 すべき程度を著しく超える不利益を与える場合に 当該配転命令は権利濫用と評価され違法となると されます(東亜ペイント事件―最判昭和61年7月 14日労判477号6頁)。 3 本件の場合 以上を前提に、本件の場合について考えてみま しょう。まず、人事異動の対象となる従業員(以 下、「本件従業員」といいます。)は、営業職という ことですから、特に職種の限定を合意したという ことはないと思われます。そうすると、本件従業 員を営業部門から他部門に異動させることは人事 権の一内容として可能であると考えられます。 もっとも、配転命令が権利濫用とならないもの であることも必要ですが、本件での異動は、多く の客先から出禁になったことが理由となってお り、労働力の適正配置の観点から①配転命令の必 要性が肯定されるでしょう。この点については、 実際にどの客先から出禁となっているか、どのよ うな理由で出禁となったのかについて調査し、資 料として保存しておくとより適切かと思います。 ②特段の事情については、本件配転命令が、例え ば自主的な退職を事実上強要するようなもの(神 戸地判平成28年5月26日労判1142号22頁参照。)で ない限り不当な目的があるという評価にはならな いでしょう( ②(a))。不利益の点については、部 署の転換が生じるに伴って転勤も発生するという ような場合でなければ問題はないと思われます (②(b))。 次に、降格についても、懲戒処分として行うの ではなく、人事権に基づき行う場合で、職能資格 制度の資格や職務等級制度の等級を下げるもので なければ、使用者側の裁量として行いうることに なります。もちろん、労働契約を根拠とする権利 ですから、例えば就業規則上で降格できる場合を 定めている場合は、その定めに従って降格を行う のが適切です。 もっとも、(2)イでも述べたとおり、権利濫用 に当たらないかは問題となりえます。管理職とし ての能力は、単なる営業能力以外に様々な能力が 必要ですから、一概に言えませんが、本件の場合、 勤務態度が悪く、客先から出入り禁止となってい る以上、本件従業員の管理職としての能力が不足 していると考えられることから、降格の必要性は 認められるものと思われます。また、特段の事情 については、上述と同様の理解になるのではない かと思います。なお、不利益の点(②(b)につい ては、例えば職位の低下に伴い給与も減額される 場合に、それが職位の低下に伴い発生する減額と して評価される場合は、「通常甘受すべき程度を著 しく超える不利益を与える場合」には当たらない との評価になりやすいのではないかと思います。 15 兵庫経協2024年新年号

RkJQdWJsaXNoZXIy NDU4ODgz