「兵庫経協」2023春号

皆様は、歯科技工士をご存知でしょうか? 今、おそらく殆どの歯科医院内には歯科技工士 が勤務しておらず、患者さんとはほぼ会う機会が ありません。では、その歯科技工士はどのように 仕事をされているのでしょうか? 我々歯科医師が、患者さんの詰め物、被せもの、 入れ歯(以下補綴物)を作成する際には、歯型を とります。(特殊な例では、お口の中をスキャナー で歯型をとることもあります。)その後、歯科技 工所の方が歯科医院に来て模型を引き取り、持ち 帰った患者さんの模型上で補綴物を作ります。そ して、できたものを歯科医院に持参または郵送な どにより納品を行います。 このように、歯科技工士は歯科医院の裏で重要 な仕事をされておられ、歯科医院のチームの一員 としてなくてはならない存在です。 その歯科技工士が人材難の危機的状況であるこ とを皆様ご存知でしょうか? 現在日本では、少子高齢化に伴い多くの職種で 人材難に苦しんでいます。その中で、マスコミ等 が取り上げる職種に関してはご存知かと思います が、歯科技工士の問題をあまり私は目にしたこと がありません。しかし、実はこの問題は国会で取 り上げられたことがあるのです。 また、我が国の少子高齢化に伴い歯科技工士の 高齢化が進み半数が50歳以上です。歯科技工士は 国家資格であるため、養成学校を卒業して国家試 験を受けることになるのですが、年間約800人の新 技工士が誕生する中、5年以内に離職される方が約 7割となっています。つまり、資格取得から5年以 上歯科技工士として仕事をされている方が3割の 約240人です。もちろん全国で。 ではなぜ、若い世代の技工士は離職してしまう のでしょうか? その大きな要因は、長時間労働・低賃金にあり ます。仕事を終わらせるには残業になり、過労死 ラインが月80時間とされている中、それを超えて いるのは約3割と言われています。可処分所得に 関しては、年収300万円以下が5割を超えていると のデータがあります。これらの労働状況は、今の 若い世代の方々には到底受け入れてもらえないで しょう。そして、歯科技工士を目指す人数が減少 している中で、養成学校も定員割れ、または廃校 になったケースもあります。 日本の歯科医療の殆どは保険診療で行われてい ます。歯科技工所に支払われる歯科技工料は、保 険で決められた価格の目安として3割となってい ます。国民の医療費全体は年々増加しているのに、 歯科医療費は殆ど上がらず(少し上がっているが、 殆どは貴金属代の物価上昇で無くなってしまいま す。)これでは、歯科医院として技工料を上げるこ とができないのが現状です。また、歯科技工士の 中には、保険診療の技工をやめ、自由診療の技工 のみを扱うところもあります。中には、日本では 所得が少ないので、海外向けに(特に欧米ではア ジア人の方が手先が器用なので重宝される傾向に ある)仕事をされる方もいます。海外では歯科技 工士は資格なしでもできる国もあるのです。 これらの現象が進むと、保険診療の技工物(補 綴物)は海外製(中国東南アジア等)になること も(既に中国製もあるそうなのですが)考えられ ます。これは、遠い将来の話ではなく、今そこに ある危機的な状況です。実際、私の診療所からお 願いしている技工所さんは、令和4年から入れ歯 の納期が長くなってしまいました。理由は人材不 足です。もう限界状態と言っても過言ではありま せん。 歯は大事と近年言われるようになりました。認 知症、糖尿病、心筋梗塞、動脈硬化、フレイル、 介護予防なども「健康の源は健口」と言われるよ うになりました。また、令和4年に出された政府の 「骨太方針」の中にも「国民総歯科健診」という文 言もあります。 歯科医療において絶対に必要な歯科技工士が不 足している現状を解決できないと、質の良い歯科 医療を国民に提供することはできないでしょう。 今回の寄稿により、皆様がこの問題を少しでも 考えていただけるきっかけになれば幸いです。 【歯の健康シリーズ】 T O P I C S 近い将来の歯科医療問題 (歯科技工士不足の問題) 兵庫県歯科医師会 地域保健委員会委員 枡田 秀行 16 兵庫経協2023年春号

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