「兵庫経協」2022秋号

歯周病は感染症です。原因は口の中にいる細菌 です。 歯みがき剤のコマーシャルでも連呼されている プラークは、日本語では「歯垢(しこう)」と訳さ れていますが、垢ではありません。細菌の塊です。 お口の中は37度の湿った状態、栄養素も豊富、と くれば細菌はほっておいても増えてしまいます。 歯の表面にはバイオフィルムという細菌が出すネ バネバ成分を足掛かりにして、多くの種類の細菌 がこびり付いていきます。こうして増殖したプ ラークの中には、700種類以上の細菌が1mgあた り1億個以上存在しています。人間の体は無菌で はありませんので、いろんな場所にいろんな細菌 が存在しています。例えば、手のひらでも1平方セ ンチメートルあたり1,000個程度はいます。鼻の粘 膜であれば同じく10万個程度いますが、さすがに 1mg(1gの1/1,000)に億という密度には到底及び ません。同密度というと糞便くらいしかありませ ん。ということで、歯垢は垢ではなく、糞なので す。人間の体は食べ物の入口である口も、糞便の 出口である肛門も細菌の数という点から見るとた いして変わらないのです。 一方、歯は人体で最も硬い特殊な組織です。歯 の表面を覆っているエナメル質には細胞はありま せん。骨よりももっともっと硬いミネラルの結晶 です。骨はすべて人間の体の中にあり、筋肉や皮 膚に覆われています。人体では歯だけが「外の世 界」に露出しています。エナメル質と口の中の粘 膜は上皮付着と呼ばれる特殊な形でくっついては いるのですが、人間の体を覆う皮膚、粘膜の一様 なバリアに比べると余りにも弱いので、ここが破 綻しやすいのです。 歯周病は人間の体の中で唯一の継ぎ目が大量の 細菌にさらされているから起こります。もし歯が 手のひらに生えていたら、おそらく歯周病になり ません。もしくはお口の中で歯が露出してなくて 粘膜で覆われていたら、歯周病にはなりません。 ただし、それでは歯がなくて顎で噛んでいる方と 一緒になってしまいます。 歯周病は感染症ですので、人間が持つ免疫の影 響を受けます。新型コロナウイルス感染症でもそ うですが、感染のしやすさや症状には人間の免疫 がある程度関係します。同じ環境でも人の免疫の 違いによって、あるいはその時のその方の免疫の 状態によって発症したり、しなかったりが起こり ます。疲れてくると歯が腫れてしまう、というの はまさに免疫によるものです。普段から人体の継 ぎ目が大量の細菌にさらされて、人間の免疫は一 生懸命頑張って働いているのですが、体調不良や その手前の段階で免疫の能力が下がってしまい症 状が出てしまうのです。 実は歯周病も個人の免疫の違いでなりやすい人 となりにくい人が存在します。1970~80年代にス リランカ(当時はセイロン)の農場で働く労働者 を15年にわたって調べた研究です。当時のスリラ ンカでは歯を磨く習慣がありませんでした。ま た、歯医者もありませんでした。歯周病になった 人はそのまま歯が抜けてしまうまでほったらかし の状態でした。15年の観察で分かったのは、8割 の人はそれなりに歯周病が進んでいました。当然 です。1割の人は歯周病のせいで早くから歯が抜 けてしまっていました。残り1割の人は歯ぐきが 腫れていましたが、骨にはさほど影響がなく歯周 病はさほど進んでいませんでした。 皆さんはこの1割、8割、1割のどこにあてはま るでしょうか。幸運な1割の方以外の9割の方、歯 科医院に行きましょう。幸運な1割の方も歯ぐき が腫れてしまいますので、歯みがきは一生懸命や りましょう。そして時には歯科医院に行きましょ う。 【歯の健康シリーズ】 T O P I C S 歯周病よもやまはなし 兵庫県歯科医師会 地域保健委員会委員 宮本 学 15 兵庫経協2022年秋号

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